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サマリタン

映画、本、毛糸もろもろ。

チャキチャキ。

今年は閏年

一年が366日ある。

オリンピックもある。

私の祖父の命日も2月29日である。

(最近知った)

というわけで、今日は祖父母について語ってみたい。

実は、私が生まれる前に既に死去していたため、面識はない。

全て、母と叔母から伝え聞いた話である。

とにかく、思い立ったら直ぐ行動で、まさにチャキチャキの江戸っ子だったと言う。

祖母と結婚してからしばらくはしょっちゅう引っ越ししていたため、

元住んでいたところから、どんどん、西へ西へと転居を繰り返し、

今で言うところの山手線内から23区の果てまで来たところで落ち着き、天寿を全うした。

引越しは、その日の気分で決まっていたようである。

大体、朝、なんともなしに出かけたところで空き物件を見つけ、ふと思い立つ。

その場で大家と話し合って即決。

帰宅して直ぐに、家財道具を大八車に載せ、手押しで移動。

当日中に引越し完了。

妻である祖母には、もちろん相談なし。

大きな風呂敷二つくらいで引越しできた時代であるとは言え、

気が短い人であったらしい。

また、火事と喧嘩は江戸の華。

尻尾は無くとも馬の如し速さで現場に駆けつける。

最近になって発見された、伯母(現在80歳)の作文(当時10歳くらい)によれば、

ある晩、近所で火事があったときのこと、

飛び散る火の粉で、自宅も延焼の恐れがあり、

いつでも逃げられるよう、怖がる暇もなく母親と荷造りをしていた中、

父親も兄(伯父)も姿を見せない。

その頃、祖父は見物へ、伯父は二階で寝ていた。

死ぬかと思ったと言う。

ちなみに伯父は、空襲のときも、

「どうせ死ぬんだ」と言って不貞寝して逃げようとしなかった。

それを引っ張り出して、防空壕に連れて行くのは大変だったと語る。

いつからかは聞いていないが、祖父は時計とメガネの商売をしていた。

どこで技術を身に付けたのかは知らない。

いわゆるサラリーマンの経験は無く、いつも店舗兼自宅にいた。

若い頃の風貌は知らないが、

年とともに眉毛が長く伸び、床屋で手入れしてもらっていたらしい。

そんな彼の趣味は日本画と尺八、それに将棋。

どれも下手の横好きらしく、尺八は音が出ず、将棋もヘボ。

特に絵は、描き上げた瞬間は「傑作だ」と思っては、

すぐさま飛び出して、装丁屋に持ち込み絵巻にしてみたりして、

常に家計を圧迫していたが、文句を言ってみても、さっぱり聞いちゃいなかった、と言う。

祖母は祖母で映画が好きな人であった。

と言っても、日本製よりハリウッド映画が好きだったらしく、結構ハイカラ。

映画館で「風とともに去りぬ」を観てときは、

「こんなすごい映画を作れる国に、日本が勝てるわけない」と思ったと言う。

戦時中は、ラジオで「絶対に敵機を国内に侵入させません」と聞き、

「空にバリヤーでも張るのかしら」と思ったが、やはりB29は東京上空にやってきた。

負けるだろう、と言わなかったが、みんな気づいていたのだろう。

また、祖母が母に戦後の様子を語るとき、

「松桑さんがね」としきりに言うのだが誰なのか、わからなかった。

後々、マッカーサーのことだと判明。

マッカーサーは、日本各地で勝手に日本名が付けられているようであるが、

どうも日本人には言い難い名前であったらしい。

さて、戦後は、空襲で家も焼け、商売も一から出直し。

しかし、お客さんからの預かり物だけは、大切に金庫に入れてあったため

ダメもとで訪れたお客さんに、無事返せたことで感謝され、信頼は厚かったようである。

GHQ相手に「I can speak English,a little」なんてホラ吹いてみたり、

(その後、英語をまくし立てられ、結局通じなかったという。)

どこからともなく、食料や物資を調達するのが巧かったため、

豊かではなかったが、何とか生活は出来た。

気がつくと、忙しい日常に戻っていた。

母や伯母の話では面白おかしいところばかりだが、

きっと辛い事や哀しいことは忘れてしまったのだろう。

思い出は古くなるほど、まろやかになる。

時折、空腹のつらさや、死病である結核の蔓延の恐ろしさを話すこともある。

伯母は冗談めかして「私には青春なんてなかった」とも言うけれど、

辛い記憶は、奥に仕舞っておいたほうが良い。

祖母は、スペイン風邪も、関東大震災も、太平洋戦争も生き抜き、

祖父よりも長生きした挙句に天寿を全うした。

母も伯母も、特別な才能やたいした財産もないけれど、今も元気に暮らしている。

その血を引いていることを、

私は、少しだけ、心強く思うのである。

今日の一言。

08021401valentine08.gif

2008年2月14日のGoogleより。

幾つになってもバレンタインは恋人に戻る。

経験と年月が恋よりも堅い絆を作ると思いたい。