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サマリタン

映画、本、毛糸もろもろ。

森達也×真鍋厚「世界がすべて〈FAKE〉なら~寛容と不寛容をめぐる対話~」に行ってきた。

イベント

こんにちは。お久しぶり。

 

今回もまたイベント報告。

来る8月26日(金)東京駅前の八重洲ブックセンターにて行われた

映画監督の森達也氏と、「テロリストワールド」著者の真鍋厚氏の

トークショーに行ってきた。

「テロリストワールド」刊行記念のトークショーもこれで4回目。

森達也氏はドキュメンタリー映画作家としても著名な方なので、

映画「FAKE」を見て参加された方も多かったのではないかと思う。

 

 まずは本題の前に、それぞれの紹介と一言。

 

真鍋氏より

森達也氏の新作映画『FAKE』を見て

この映画は笑いもたくさん含まれているが、

映画を見た人の感想を見ると、

「糾弾する世間=悪」「佐村河内氏=善」という、

単純化された対立構造で見る人が多い印象がある。

「支持者」と「アンチ」に分けて二元論的に単純化してしまっている見方は、

様々なところで昨今多くみられる傾向だと思う。

 

森氏より

オウム真理教地下鉄サリン事件から20年経過を振り返って

「カルト」という言葉が人口に膾炙したきっかけになった事件。

「カルト」でくくってしまうことで、社会や文脈から切り離してしまい、

理解を妨げてしまうという問題もある。

 

二元化を中和する有効な方法として、「笑い」がある。

『FAKE』でもしばしば「笑い」の要素が含まれている。

 

『FAKE』を制作した理由

佐村河内氏の騒動の頃、同じようにSTAP細胞や食品偽装、

朝日新聞による従軍慰安婦証言の偽証等、

「ウソ」をめぐる話題が多く、

真実と偽装という対立に関心があった。

 

ネットの常時接続状態におけるメディアリテラシー

・IS関係のテロ事件の多発するヨーロッパでのテロの定義の拡大

・例として、2016年7月のフランス、ニースで起きた事件はテロなのか?を考える。

 フランス当局はテロであると発表

 →令状なしの捜査可能

 文書や声明は発表されていない

 →ISは影響を利用

・取締る側と、テロを起こす側との循環構造

・取締り側やメディアもまた、

 テロの目的である、恐怖・不安の喚起、

 政治思想の拡散に加担させられている状況ではないか。

SNSによる事件の共有と拡散

・事件の詳細を咀嚼しないままに消費され終わってしまう。

・個別の事件を起こし、無関係な事件も含めて連鎖的に見せて、

 不安と緊張を高めることで、治安を見出し、

 「前線」を作り出すという手法によって「戦争状態」を作り出すという意図。

・マスメディアは、事件を報道しないわけにはいかないが、

 報道によってテロ行為に加担しているという状況の困難さにある。

・編集者の介在しないSNSのメディアとしての働きに対するリテラシーの必要性。

・本来、オピニオンのない暴力行為は「事件(Affair)」であり、

 「テロ」とは言えないはずである。

・なんでもテロにしていまう問題。

・シリアの状況に対するリテラシーの難しさ。

 →主な情報源がロシア当局によるものであり、

  多角的視点がないこと、それに気が付かない状況

 ・遺体を映し出さない、遺族に対する配慮、報道による自主規制

 →特にテレビは遺体を映し出すと抗議がくる。*1

・社会とメディアは相似形にある。

 メディアがやらないことは、社会が求めていないこと。

 

ゼロ・トレランス=不寛容の罠

・「ジハーディ・ジョンの生涯」の紹介。

・テロ活動に参加し、一線を越えたジハーディ・ジョンと、

 越えなかった他のムスリムの違いは何だったのか。

・若いムスリムたちには、

 「自由の戦士」に対するぼんやりとした憧れを持っているが、

 実際に、みんながみんな、テロ活動に参加するわけではない。

・移民2世、3世の若者のアイデンティティの不安定さから、

 過激主義に引っ張られてしまう。

・疎外感、孤独感、無力感から来る行き場のない感情。

・不寛容に追い込むことで、一線を超えるきっかけを作ってしまう。

・小さな疑いを許容しない社会の危うさ

 

二分化、二元論の危うさ

・二分化・二元論は、不寛容さに直結する危うさがあること。

・(日本人は)社会の不条理よりも社会の悪を信じたがる。

・何か理解しがたいもの、わかりにくいものに直面したときに、

 安易にレッテル貼りをしてしまうことがある。

 例)オウム真理教はカルトなのか?

・社会や文脈から切り離してしまうことで、理解を妨げ、

 「悪いもの」として糾弾するべき対象にしてしまう。

・2016年8月の相模原市障碍者施設での事件では、

 容疑者は明確に「生かすべき命」と「そうではない命」を線引きしていた。

・あらゆる側面にあるもの。

 

以上。

 

時間をおいて書いたわりに、あまりまとまっていないかな。

今回のトークショーはメディアとテロという視点の話題が中心であったと思う。

但し、メディアと言っても、お二人の視点は若干異なったように感じた。

森氏の言うメディアは主にマスメディアやジャーナリズムの視点に立ったものであり、

真鍋氏の場合は、2010年代以降のソーシャルメディアを主軸にした、

未編集で個人的な視点を含めた印象があった。

どちらが正しいというものでもないが、視点の違いは重要だと思う。

何か情報に触れたときは、

「これは誰の視点なのか」「どんな意図があるのか、ないのか」

を考える癖をつけた方が良いだろう。

「釣り」「コラ」と言われるような、

スリードを誘うネタ対策にもなると思う。

 

個人的感想や、考えたことはまた改めて書くことにする。

 

関連本

ジハーディ・ジョンの生涯

ジハーディ・ジョンの生涯

  
テロリスト・ワールド

テロリスト・ワールド

 

 

*1:実際に多いのは「飯時に死体なんて映すな」と言ったものが多いらしい。